鹿児島合気道錬成館

2011.9

2011年9月28日(水)。

「実方(さねかた)」

仕事の合間に「中村半次郎誕生の地」を訪ねた。
吉野町の実方神社の近くである。
鹿児島市街地と吉野支所のほぼ中間地点。
今でも緑の多い静かな地域である。
半次郎の生まれた地は、あっけないほど狭く、今は実方公園となっていて、石碑の両脇にブランコと滑り台という何とも珍妙な場所だった。
半次郎は13歳から父・与右衛門の勧めで剣術を習い始めた。
道場は示現流の伊集院道場。
実方から道場のある西田橋の近くまで、下駄で駆けて通ったという。
毎日の食事は蒸したカライモと味噌汁だけというから気力・体力共に現代の私たちとは、とても比較にならない。
明治維新、第一次世界大戦、太平洋戦争…。
多くの血が流されてきた。そして、その上に今の平和がある。
薩摩に生まれた誇り、日本に生まれた誇りを静かな時間の中でしばし考えた。

遠くで夏の名残りのツクツクボウシが鳴いている。

本日は正面打ち一教~三教・入り身投げ。二人掛けなどを稽古しました。



2011年9月25日(日)。

「渋滞に思う」

近頃、鹿児島市内を車で走っていると、やたらと工事が目につく。
大丈夫なのだろうか。
民主党政権になっておよそ2年。
無駄な公共工事はカットする。
ダムは造らない、あるいは凍結する。
子ども手当に、高速道路の無料化…。
耳ざわりと、口当たりの良いマニュフェストは、メルトダウンした。
東日本震災の復旧・復興の予算や手だてはどうするのか。
素朴な疑問をよそに“渋滞の種”は今日も蒔かれ続ける。
かつて、アメリカの元大統領、J・Fケネディとビル・クリントンが日本で最も尊敬する政治家として上杉鷹山の名をあげた。
江戸時代、殖産興業を奨励し「入るを増やし、出を少なくする」政治手法で米沢藩の財政破たんの危機を救った名君である。
時代は違えど、その基本は変わらないと思うが…。

“入る”を安易に増税に結び付けて良いのだろうか。

本日の稽古は、両手取りの各種技。小手返し・四方投げ・呼吸投げ・入り身投げなどを主に行いました。




2011年9月21日(水)。

「級と段」

初めて道着に白帯を付けた日の緊張感。
昇級・昇段して袴と黒帯を付けた日の誇らしさ。
日頃の稽古の成果として昇級・昇段は嬉しいものである。
以前、外国人の稽古仲間が、ブラックベルトはライセンスであるという人がいたが、少し違和感を覚えた。
というのも、初段を取得したり黒帯を付けることが決して終わりではなくこれからの稽古の励みではないかと考えるのである。
昇級・昇段は、通過点に過ぎない。
それよりも、それまで相手をしてくれた稽古仲間の存在。

級でもなく、段でもなく、生涯武道の仲間がいることの幸せを喜びたい。

本日は、基本技に加えて後ろ両手取り小手返し、杖取り、太刀取り、短刀取りなどを稽古しました。




2011年9月18日(日)。

「秋稽古」

朝晩、めっきり涼しくなった。
ツクツクボウシが夏の終わりを告げるかのように、さかんに鳴いている。
小学生の頃、このセミが鳴くと夏休みが終わると思って、なんだか恨めしかった。
平安時代は「くつくつほうし」と呼ばれ、鳴き方も“うつくしよし”と聞かれていたようである。
騒々しいだけのセミと思っていたが、こんな話を聞くと、なかなか雅(みやび)な声に聞こえるから不思議なものである。
さて、9月も中旬から下旬。
涼しくなった道場で思いっきり身体を動かしてみたい。

本日は、正面打ち・片手取りの基本技を主に稽古しました。





2011年9月14日(水)。

「道統」

その日は、朝から北風の吹く寒い1日だった。
1999年1月。東京・青山斎場。
葬儀に向かう人々は、斎場に続く歩道を整然と、繋がって歩いている。
二代目吉祥丸道主の葬儀である。
斎場内の整理を担当した私は、国内外を問わず多くの参列者、多彩な顔ぶれを見るにつけ改めて「人の評価は、柩を覆うた時に決まる」と確信した。
柔らかな物腰。静かな語り口。凛とした姿。細い手首。
その後ろ姿には、思わず頭を下げてしまう威厳があった。
私たちの合気道は、開祖・道主をはじめ先人たちのご苦労を忘れてはならない。
そして、それが私たちの誇りであることも。
彼岸花の咲く、この季節。
ふと昔を思い出した。

本日は、太刀取り各種技。肘決め・四方投げ・呼吸投げなどを主に稽古しました。





2011年9月11日(日)。

「オリンピズム」

近代オリンピックの父と呼ばれるピエール・ド・クーベルタン男爵が提唱したオリンピックのあるべき姿―オリンピズムがある。
「スポーツを通して心身を向上させ、さらには文化、国籍など様々な差異を超え、友情、連帯感、フェアプレーの精神をもって理解しあうことで、平和でより良い世界の実現に貢献する」スポーツと武道の違いはあるが私たちの合気道が目指すものと共通するものがあるように思う。
日本の女子サッカー、オリンピック出場。
頑張れ、ニッポン!
と同時に、オリンピズムも心のどこかで思い起こしてみたい。
スポーツナショナリズムもほどほどに。

本日は、諸手取りの技各種。四方投げ・小手返し・二教・入り身投げ・呼吸投げ・腰投げなどを稽古しました。



2011年9月7日(水)。

「partner」

本部道場での稽古時代。
自分に小さなルールを課していた。
それは、稽古が始まる時その時間の稽古相手は隣に座っている人と決めていた。
男性・女性・外国人・内弟子・初心者・学生・社会人・顔なじみ・初対面…。
これまでの稽古相手は延べ数千人になると思うが「重なり」はさほどないだろう。
合気道の稽古は「enemy(敵)」ではなくより良い「partner(相手)」によって技と礼節を学ぶものである。
良いパートナーに会いたい。
良いパートナーでありたい。
これまでも、これからも。

本日は、後ろ両手首取りの各種技。二教・小手返し・四方投げ・入り身投げ・呼吸投げ・合気落としなどを稽古しました。



2011年9月4日(日)。

「型を覚える」

型を覚える。
繰り返し繰り返し稽古して、正確な型を覚える。
速さを加える。
無駄な動きを無くして、技に速さを加える。
柔軟に対応する。
相手の身体の大きさや実力に応じて柔軟に対応する。
合気道の稽古は、おおよそこのような段階を経て上達するものと考える。
何より大切なことは、原点であるー「型を覚える」ことにある。
ピカソのキュービズムの下書きには精緻なデッサンが隠されていることを忘れてはならない。

本日は、両手取りの各種技。四方投げ・小手返し・呼吸投げ・入り身投げ・天地投げなどを稽古しました。