鹿児島合気道錬成館

2011.12

2011年12月28日(水)。

「稽古納め」

今年の道場での稽古はすべて終わった。
この1年、錬成館のみんなが怪我や事故もなく健康に稽古できたことが何よりであった。
道友も少しずつ増えて来て前にも増して活気も出てきたように思う。
昇級した人、昇段した人はもちろん稽古する人それぞれがひとつ上を目指して充実した1年だったのではないだろうか。
1年間、お疲れ様でした。
新年は1月8日(日)が稽古始め。
心を新たに、来年も合気道と楽しく取り組みたい。

本日は稽古納め。正面打ち一教~五教を中心に稽古しました。



2011年12月25日(日)。

「習慣」

このところ、めっきり寒くなった。
道着の冷たさに、着替えるのも少し勇気がいる程だ。
仕事の忙しさも相まって、正直、休みたいなと思う事もある。
けれど、身体の芯から汗をかいて暖まりたい。
稽古の終わりの、何ともいえない爽快さを求めて、今日も道場へ行く。
肉体的にも、精神的にも、日常の有象無象から解放してくれる合気道の楽しさは捨てがたいのである。
寒風に花開く花があるように寒さを友とする稽古もある。
「良い習慣は、才能を超える」と言う。
少し早起きして、会社に出社する。
勉強をもう少し頑張ってみる。
その「少し」を合気道の稽古にも…。
良い習慣は誰でもが取り組める。
「少し」を実行してみたい。

本日は、正面打ち一教~四教。入り身投げ、小手返し。
横面打ち自由技などを主に稽古しました。




2011年12月21日(水)。

「越年」

大晦日から元旦にかけて本部道場では、越年稽古が行われる。
合気道の稽古に通うために、新宿に引越しをした当時の仲間がいて、そこから私たちは毎年のように越年稽古に行っていた。
道場の玄関には靴を並べきれないほどの多くの参加者。
当然、稽古が始まると畳半畳も使えないほどの盛況ぶりである。
稽古をするというよりも、1年の締めくくりと、来る年の新たな思いの、いわばイベントのようなものだ。
稽古が終わったら初詣と初日の出を見るために鎌倉へ…。
が、私たち「若手」の例年の習わしだった。
またこの時期、本部道場では内弟子たちが正月と鏡開き用の餅をつく。
これもまた、年の暮れを告げるイベントである。
静かな住宅地、新宿若松町に威勢のよい掛け声とペッタン・ペッタンという餅つきの音が乾いた空気にこだまする
さて、今年の稽古も日曜日と水曜日の2回を残すのみとなった。
1年の総決算と、新たな1年の希望を胸に悔いのない稽古に臨みたい。

本日は、正面打ちの一教から四教までをじっくりと稽古しました。




2011年12月18日(日)。

「ユズ湯」

「こんばんは。今夜はユズ湯でしたよ」薄暗い夜道の向こうから歩いてきた女性に、突然声を掛けられた。
よく見ると、知り合いの女性だった。
20代前半に住んでいたアパートはトイレ共同、風呂なしの6畳一間。
東京の大森貝塚の近く。1・2階合わせて6部屋に6名が住むアパート。
そのうちの一人が、声を掛けてきた女のひとだった。
みんな20代で若く、夢があった。
男性の一人はカーデザイナーの卵。一人はシナリオライターになるために北海道から上京してきた男性。そして私を加えて3名。
女性は2名。看護婦さんと社長秘書の勉強をしていたOLさん。
月に何度かは皆で酒を持ち寄って、ワイワイと楽しい時を過ごした。
あのアパートはまだあるのだろうか。
あの銭湯は今年もユズ湯でお客様を迎えるのだろうか。
長い夜。北風の吹く冬至の頃になるとあの頃のみんなの夢はどうなったのかと懐かしむ。
私の夢はまだ続いている。

本日は基本技。正面打ち一教~四教・入り身投げ・小手返し・片手取り内回転投げなどを稽古しました。



2011年12月14日(水)。

「相性」

あの人とは妙に気が合う。
あの人と仲良くしたいけど、どうもうまくいかない。
生身の人間同士だから、やはりそこには相性というものがある。
合気道も同じように、相性があると思う。
ただし、この相性は稽古を続けていくうちに変化する。
誰もが最初は足の運び方も、技の「受け」も「取り」も初めての体験である。
普段の動きとは違うから、みんな戸惑う。
自分は合気道に向いてないのでは…と思ったりもする。
しかし、先輩から教わる。反復する。考える。やってみる。
を繰り返すうちに、相手を投げる楽しさや、技を受ける楽しさが増えてくる。
向き・不向き・相性を超えたものがそこにはある。
合気道は誰をも受け入れる、門の広さがある。
奥深さを知る楽しいプロセスがある。
合気道における相性とは、稽古を続けることで決定する。

本日は、正面打ち一教~四教・入り身投げ・呼吸投げ。片手取り小手返し・内回転投げなどを主に稽古しました。



2011年12月11日(日)。

「正月頭」

今もそうだと思うが、昔の師走も何かと忙しかった。
家の大掃除や、畳や障子の張り替え。
生垣や庭木の手入れ。
正月が近付くと、門松づくり。
孟宗竹を切ってきたり、松やユズリハの枝、二股のヘゴなどを調達して親父と共同で作るのである。
それが終わると、庭にシラス土を敷き詰めて竜安寺の庭の如く(それ程じゃないか…)ほうき目を入れていく。
餅つきも一家総出のイベントだった。
正月の準備は、それぞれの家でほとんど手作り。
DO IT YOUR SELF。の腕競べである。
さて仕上げは、正月の親戚の寄り合いに向けて床屋へ…。
正月頭(しょがっびんた)になった帰り道、北風が冷たかった。
少し昔は、今よりももっと正月を迎える心構えがあったように思う。

本日は、正面打ちと横面打ちの基本技。一教~四教。入り身投げ。小手返し。四方投げなどを主に稽古しました。




2011年12月7日(水)。

「上達」

「武道の上達には、センスが求められる」と言われている。
確かに覚えが早くて、何でも器用にこなせる人がいる。
昇級・昇段も早い(稽古日数は必要だが)。
武道を稽古する以上は、誰でもが上達を望むし、各々が工夫もする。
しかしその一方で、稽古そのものを楽しむことも大切ではないかと思う。
いつもの稽古仲間と和気藹々と稽古する。
新しい門人が入門すると、暖かく迎える。
学業優先、仕事優先、家庭行事も大切。
ではあるけれど、生活の一部として、句読点として、また、少しだけ豊かな人生を送るために武道はあるのではないだろうか。
稽古はウソをつかない。
上達の至言である。
そしてまた、その人の“人となり”が現れるのが私たちの合気道なのである。

本日は、交差取りの各種技。四方投げ・呼吸投げ・入り身投げ・小手返し・自由技などを稽古しました。




2011年12月4日(日)。

「希望」

残念ながらこの世の中、争いが絶えない。
国と国。宗教と宗教。民族と民族。人と人…。
2代目吉祥丸道主が生前に話されていた合気道を通して、人と人を結び世界の平和に貢献したい。
という思いは、果たしてどこまで進んだか。
「将来、世界はもはや救い難い激動の時代を迎えるであろう。
その時、自然体・平常心・和といった優れた文化を持つ日本が世界の混乱を救うことになるであろう…」アインシュタインは、世界平和のリーダーになり得るのは日本であると高く評価している。
日本には固有の優れた文化がある。
和の武道、合気道がある。
「希望」は私たちの周りからすでに始まっているのではないか。

本日は、正面打ち・横面打ちの入り身投げ、四方投げ、小手返し、一教などの基本技を主に稽古しました。